夢を追うこと、夢を諦めること
「プロミュージシャンになりたい」それは僕が20代の頃に追いかけて、叶わなかった夢。
夢を諦めて20年近く経つ今でも、街で楽器を担ぐバンドマンを見た時など、ふとあの頃を思い出し自問してしまう。
「人生で夢を追うことはどんな意味があるのだろうか?」「夢を諦めた後、人生はどう変化したのか?」「夢を追った過去にどう向き合えばいいのか?」
ここでは僕の経験から「将来の夢」を追うこと、諦めることについて考察する。
夢を追うことは生きがい
高校時代からバンド活動をしていた僕は、大学を卒業した後もフリーターをしながら音楽活動していた。
深夜まで音楽制作に没頭して寝不足のまま翌日アルバイト先に出勤したり、忙しくて満足な休日がなかったりと、辛いこともあったけど音楽活動は楽しかったし、毎日は希望に満ちていた。
あの頃は若さゆえか、今思うと不思議なくらい将来への不安は無かったし、「努力すれば夢は叶う」と信じていた。
プロミュージシャンになるという夢はあの頃の僕にとっては「生きがい」だったし、青春の全てであった。
何歳まで夢を追うのか?
夢によって状況が異なるので一概には言えないが、多くの場合は高齢になればなるほど「夢を叶えることは難しくなる現実」がある。
音楽業界では一部の例外はあるにせよ30代でデビューするアーティストは稀だし、オーディションでも年齢制限もある。
僕の大学の音楽サークルでは「夢を追うのは大学時代まで」とか「25歳までに夢が叶わないのなら諦めて就職したほうがいい」とか言われていた。
会社員として就職するのは若いほど有利なので、これは正論ではあるが、当時の僕はそんな器用な考えができなくて、「何歳になっても夢を諦めない」と考えていた。
夢を叶えるための目標設定
夢を未来の大きな理想だとすると、目標は夢を細分化したステップと言える。夢を叶えるためには、まずは目標を設定する必要がある。あの頃の僕にとっての「目標」は、
- 数百人規模のライブハウスに出演をする
- インディーズでもいいのでレコード会社からCDをリリースする
であった。もっと言えば、ギターのテクニックなど細かく目標を設定していたけど、大雑把に言うとこんな感じだった。
夢を追うのが辛くなる理由
20代中旬ごろになると、夢を追うことが辛くなってきた。夢を追う「モチベーション」が低下してしまい「将来の不安」ばかり感じるようになったのが理由だ。
当時組んでいたバンドは空中分解してしまい音楽活動はうまくいっていなかった。ゼロから活動を再スタートしなければならない境遇だったが、以前のよう精力的には行動ができない。
「このまま音楽を続けても先が見えない」「もう夢は諦めて普通に就職して会社員生活したほうがいいのかも」
あの頃は毎日悩んでばかりで悶々としていた。デール・カーネギーの著書『道は開ける』を読んで悩みを解決する方法を学んだり、実践したりしていた。この書は悩みを抱えた時には読み返すなど、今でも大切にしている。
お金が無いと夢を追うどころではない
夢に対する気持ちが変わってしまったのは、貧乏生活に疲れてしまったことも大きい。
大学時代は「金なんて無くてもどうにかなる」と思っていた。同世代の大半がお金を持っていないから「金欠は普通」だし、将来は成功して貧乏生活から抜け出せると楽観的に考えていたのだ。
しかし大学を卒業して「夢追いフリーター」になると、現実の厳しさに嫌でも直面する。機材代やらスタジオ代など音楽活動での出費は多く、ライブ出演しても赤字。低賃金のアルバイト代では生活費すら満足に稼げない。
「売れないミュージシャンは貧乏」は理解しているつもりだったけど、実際に経験してみると予想以上に厳しかった。
「夢を追うことは生きがい」なのだが、そもそもお金が無いと生活をするだけで精一杯で、夢を追うどころではない。そんな現実を痛いほど思い知らされた。
夢を諦める瞬間とは
26歳が終わろうとしていたある日、自分で制作した楽曲と、プロのCD音源を比較して「クオリティーの差」に愕然とした。「夢を諦める瞬間」だった。
それまでもプロミュージシャンの楽曲で感動した時などは、「俺も音楽家としてこのような素晴らしい曲を作曲するんだ」と意気込んでいたが、その日は違った。
「これ以上音楽を続けても夢は叶わない」「俺には音楽の才能が無い」と悟ってしまった。
夢に対する情熱が完全に消え失せてしまった。涙がこぼれ落ちた。目の前が真っ暗になるような、心にポッカリと穴が空いたような空虚感と絶望に襲われ、まるで人生が終わってしまったように感じられた。
夢破れた挫折感からの立ち直り方
それからというもの「夢破れた挫折感」が僕の頭と体を支配し、「自分は人生の敗北者」なのではないかと劣等感に苦しめられた。「これからの人生、何をして生きていけばいいのか、何を目指せばいいのか」分からなくて人生に迷ってしまった。そんな挫折感からの立ち直り方は、「新しいことにチャレンジすること」と「視野を広げること」である。
「いつまでも落ち込んでいられない」「夢を諦めた後も人生は続くのだからまずは生活を立て直さないと」以前から興味があった職種に「派遣求人サイト」経由で応募すると運よく採用された。それまでのアルバイトより大幅に時給がアップしたのが嬉しかった。
人生は思い通りにならない
派遣社員としてカレンダー通りの規則正しい生活がスタートすると、アルバイト時代より視野が広がり、世間が見えてくる。
当時の職場は、さまざまな経歴の人がいた。元飲食店経営者、元美容師の女性、また様々な職種を転々としているような人もいた。そんな人達の人生経験を聞くと、自分の「夢破れた挫折感」なんて小さなことに思えてきた。
「僕だけじゃない、誰もが人生の中で多かれ少なかれ挫折を経験している」「人生は思い通りにならない」こんなことに気がつくのが「大人になること」なのだろうか。
夢を諦めることは挫折ではない
僕に新しい観点を教えてくれたのが、音楽仲間である川口京子(仮名)だった。
川口京子は「音楽専門学校」を卒業後、都内のライブハウスでシンガーソングライターとして活動していた。そんな彼女が、20代後半になって「やりたいことが変わった」と言う。
「歌手になるのは小さい頃からの夢だったけど、今はデザインの仕事で独立したいの。音楽家は音楽を作って売る自営業だと思うんだ。これからは売る商品が音楽からイラストに変わるだけ」
はっと気付かされた気がした。音楽活動を止めるとはビジネスで言うと「事業転換」にすぎない。だから「夢破れた」なんてネガティブに考えなくていい。夢を諦めることは挫折ではない、「人生の方向転換」にすぎないんだ。
夢を追った経験を人生の糧にする
月日が経つうちに夢が変わるのもよくあることだし、引け目を感じなくてもいい。人生一回限りなのだから、他人に迷惑をかけない範囲でその時々で「やりたいこと」やっていいんだ。
重要なのは「夢を追った経験」を自分の強みや個性として捉えて、今後の人生の糧として活かすことではないか。
以前、コーヒー専門店『猿田彦珈琲』を起業した大塚朝之さんについての記事を読んだ。記事によれば、大塚朝之さんはかつて演劇を学び俳優を目指していたようで、その経験が経営者としての仕事に役立っているとのこと。
「夢を追う過程で得た知見」を別分野に応用して成功した大塚さんは「夢追いフリーターの希望」だと感服する。
七転び八起きという生き方
夢を諦めた後、また「新しい夢や目標」を見つけて挑戦。失敗しても立ち上がる。僕は「七転び八起き」で生きたい。たとえ「何者にもなれない」としても人生に絶望して腐りたくはないからだ。
人生に無駄なことなど一つもないし、夢を追うことも諦めることも、貴重な人生経験。夢が叶わなくても、そこから学ぶことは多く、挑戦することに価値がある。
もちろん、家庭環境などの事情から「夢を追うことができない人」もいる。そういう意味で僕は20代の若い頃にやりたいことができて、恵まれていたと言える。
人生は「一寸先は闇」なのだから誰もが将来のことを正確に予測するなんてできない。できることは「今を精一杯生きること」「人生を諦めないこと」くらいだ。芥川賞作家の又吉直樹氏が原作『火花』からの引用だが生きている限り、バッドエンドはない
のだから。
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